プロフィール
1985年、千葉県生まれ。 ムスビヒーリング開発・考案者。
むすび健幸院およびムスビヒーリングスクールを運営。
幼少期に遭った交通事故の後遺症をきっかけに、
自身の身体を癒すため治療家の道へ。
試行錯誤を重ねる中で、自らの自然治癒力を取り戻し
自分を癒したことと同時に、
ヒーリングの感覚が開いていく体験を重ねる。
その過程で生まれたのが〈ムスビヒーリング〉である。
症状を追いかけるのではなく、
人が本来持つ力が引き出されることを大切にした施術は、
「治りすぎてリピーターがいなくなる治療院」として評され、
全国、さらには海外からもクライアントが訪れるようになる。
2013年、千葉県流山市にて「わたなべ生命調整院」を開院。
2024年1月に同院を閉院し拠点を山梨県北杜市へ移転。
同年7月、「むすび健幸院」として新たに開院する。
現在はムスビヒーリングを軸に、 健幸の素晴らしさを伝える活動を行っている。
著書に 『姿勢で人生が動きだす』 『セルフヒーリングで望む世界がやってくる』がある。
【履修】
- 解剖実習
- ディバーシファイドテクニック
- ガンステッドテクニック
- AOTテクニック
- ターグル・リコイルテクニック
- 上部頸椎バイオメカニック
- クレニオセラピー
- ユニティヒーリング
治療家になる道編
幼少期に遭った交通事故が、すべてのはじまりでした。
物心ついたときには、左足には大きな傷があり、常に包帯が巻かれていました。
傷は深く、はっきりとした痕として残っています。
小学校に上がる頃には包帯を外せるようになり、
見た目には日常生活を問題なく送れるようになりました。
そのため、しばらくの間は足のことをほとんど意識せずに過ごしていました。
しかし、その影響は、成長とともに突然現れました。
中学生になり野球をはじめると、
左膝が日常的に脱臼するようになったのです。
野球をしていたのですが、
プレー中だけでなく、
椅子から立ち上がる、しゃがむ、といった何気ない動作でも
膝が外れるようになっていました。
脱臼した瞬間の痛みと恐怖は、冷や汗が出るほど強烈で、
「このまま歩けなくなるのではないか」という不安が
日に日に大きくなっていきました。
治してくれる場所を求め、
病院やさまざまな治療院を回りましたが、
状態は一向に改善せず、
大学を卒業する頃には左足に力が入らず、
思うように歩くことすら難しくなっていました。
24歳のとき、医師の勧めで膝の半月板を削る手術を受けました。
しかし結果は出ることがなく、状態はさらに悪化してしまいます。
医学や治療に救いを求めてきたにもかかわらず、
どこにも答えが見つからない。
絶望感の中で、生きる希望を失い、
「死にたい」と思うこともありました。
それでも、死ぬ勇氣も持てず、ただ苦しさだけが残っていました。
そんなとき、カイロプラクティックに出会います。
修業時代編
カイロプラクティックを受ける中で、
身体に回復の兆しを感じられるようになりました。
その施術は、
「定期的に生涯にわたって受けることで整う」
という考え方に基づいており、
当時の私は、週に1回のペースで通うことを勧められました。
私自身も、
「それが回復への近道なのだ」と疑うことなく信じ、
通い続けていました。
施術を受けるたびに楽になる。
その体験を重ねるうちに、
氣づけば2年が経っていました。
しかし振り返ってみると、
その関係性の中で私は、
自分の身体の声を感じ取ることよりも、
「受けることで整えてもらう」ことに
安心を見出すようになっていったのだと思います。
また、同じ刺激を繰り返し受ける中で、
次第に身体が反応しにくくなり、
「受け続けているのに、根本的には変わらない」
そんな違和感も芽生え始めていました。
施術そのものが悪いとは思っていませんでした。
ただ、
回復を外に委ね続ける前提そのものが、
自分の中に依存を生んでいく
その構造に、少しずつ氣づき始めていたのです。
「誰も自分を治してくれる人はいない」
そう腹の底で感じたとき、
自分自身で身体を理解し、
自分で向き合えるようになるしかない——
そう決意しました。
脱サラし、
人生を賭けてカイロプラクティックの世界へ入りました。
昼間は治療院で院長の助手として働き、
夜や土日はスクールで学ぶ日々。
当時の私は、
「構造を正せば身体は変わる」という考え方のもと、
骨を鳴らす矯正テクニックに没頭していました。
その技術は、
即時的な変化を生みやすく、
「治している実感」を得やすいものでした。
私自身のケアにも、当然のように取り入れていました。
ところが、学び始めて1年ほど経った頃、
強い刺激を繰り返し受ける中で、
身体が限界を超えてしまいます。
首はむち打ち症のような状態となり、
意識は朦朧とし、
めまいや動悸、息切れが続き、
階段の昇り降りのわずかな衝撃さえ
耐えられなくなっていきました。
日常生活にも支障が出るようになり、
そのとき、初めてはっきりとした疑問が浮かびました。
「この施術は、本当に安全なのだろうか」
「この関わり方を、このまま続けていていいのだろうか」
恐怖心から、
そのテクニックを使うことができなくなりました。
それをきっかけに、
技術そのものだけでなく、
その技術を支えている前提や考え方そのものに
疑問を持つようになります。
「骨が鳴るまで強い刺激を入れることは、危ないのではないか」
「これは、自然治癒力を引き出していると言えるのだろうか」
そんなときに出会ったのが、
上部頸椎カイロプラクティックでした。
施術は一瞬で終わり、
何をされたのか分からないほどの調整。
それにもかかわらず、
身体が大きく変化していく感覚がありました。
そこには、
「治していく」という意志よりも、
「本来備わった能力を引き出す」
という考え方がありました。
初めて受けたとき、
「これこそが、
自然治癒力を信頼した関わり方なのだ」
と、直感的に感じました。
数回の施術を受ける中で、
歩行のふらつき、膝の脱臼癖、腰痛、肩こり、
さらには長年抱えていた精神的な不安までもが、
次第に解放されていきました。
その体験を通して私は、
技術はそれ単体で存在するのではなく、
それを支える考え方と一体のものであり、
どんな考え方で身体と向き合うかによって、
結果が大きく変わる
ということを、身をもって知りました。
自分自身が癒されていく中で
クライアントを診るようになると、
今まで何をしても改善しなかった方が
自然に変化していくなど、
信じがたい結果が次々と起こり始めました。
この一連の体験が、
技術と思想の両面から再構築された
後の〈ムスビヒーリング〉の開発へと
つながっていくことになります。
